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更新日:2019年2月1日

なかよくする子どもを育てる
・おやくそくやルールを守ることの大切さを知り、一緒に遊ぶことの楽しさを味わう。

「遊ばなきゃ、働いていられない」そんな言葉を聞くと、「確かに」と頷いてしまいますよね。日本国憲法によると、勤労(納税・教育)は国民の「義務」となっていますが、その一方で私たちには、「遊ぶ」権利もある訳で…。だから、休みの日にいっぱい遊んでも、誰にも文句は言われません。「頑張って仕事をしたんだから、いいでしょ!」という訳です。
ところで、あなたはいっぱい遊んだ後に「疲れた~」と口にしたり、「もう、これで十分!」と感じたりすることはありませんか。もしそういうことがあるとすれば、それは「遊んだ」とは言えないようです。なぜなら、本来「遊び」というのは、それをしていても疲れない、それをすること自体が楽しい、ということを本質としているからです。
だから、毎日園に「遊び」に来ている子ども達からは、降園時に「楽しかった~」という声は聞かれても、「疲れた~」といったような声は聞かれません。また、いっぱい遊んだはずなのに、それでもまだ遊び足りないのか、保護者の方が迎えに来られてもなかなか門を出たがらない子もいたりします。「遊んでも遊んでも遊び足りない」といった感じです。
家庭が人間としての内面の美しさを育む「しつけ」の場であるとするなら、子ども達が初めて経験する社会生活の場である園は、「人と人の間を生きる存在」=「人間」として生きる上での社会性を学び社会力を身に付ける「教育」の場だと言えます。そのため、危険なことをした時はもちろんのこと、他に迷惑をかけたり、きまりを破ったりした時には注意を受けます。それは、集団生活の場では、自分勝手なことばかりしていたのでは誰にも相手にされなくなってしまうからです。そこで、子ども達は事あるごとに園の中でのやくそくごとやルールを教えられ、それを守って園での一日を過ごすことを求められることになるのですが、幼児期はその大半を「遊び」を通して学び、少しずつ身に付けていくことになります。
ハンカチ落とし、ドッジボール、椅子取りゲームをはじめ、集団で行う遊びには必ず守るべきルールがあります。みんなでそれらの遊びを行う時は、一人一人がルールを理解し、それをきちんと守ることによって楽しい時間を過ごすことができます。もし、自分勝手なことをする子がいたりすると、ゲームは成り立ちませんし不快な思いが残ることになります。
子ども達はいろいろな遊びを経験する中で、みんながルールを守ることによってゲームが成り立っていることを理解すると共に、無意識の内にルールを守ることの大切さを学んでいきます。文字や数字なども、カルタやトランプなどの「遊び」を通して学んでいきます。
まさに「遊ばなきゃ、やくそくやルールを守ることの大切さは分からない」といったところでしょうか。一見、子ども達はただ無邪気に遊んでいるだけで、特に何かを学んでいるようには見えないかもしれませんが、友だちと一緒にいろいろな遊びを経験することによって、人生における必要な知恵の大半を学んでいるのです。それは、個々に遊んでいるように見える砂場遊びでも同様です。遊ぶ楽しさの中にこそ「学び」が満ちあふれているのです。